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経済指標

1920年代後半に続いた投機ブームは数十万人のアメリカ人が株式市場に重点的に投資することに繋がり、少なからぬ者は株を買うために借金までするという状況下で市場崩壊が起こった。1929年8月までに株式仲介人達は小資本投資家達が買おうとしている株の額面価格の3分の2以上を日常的に貸していた。85億ドル以上が貸し出しとなり、この総額はアメリカ合衆国で流通している貨幣総額を上回っていた。上がり続ける株価がより多くの人々に投資を促すことになり、人々は株価がさらに上がることを期待した。投機によってさらに株価上昇を加速させ、バブル経済を作り出した。スタンダード・アンド・プアーズ評価株の平均株価収益率は1929年9月で32.6であり、明らかに歴史的な標準より高かった。経済専門家の大半はこのできごとを近代経済史の中で最も劇的なことと見ていた。

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1929年10月24日(ダウ工業株平均は9月3日に最高値381.17を付けたばかりだった)、市場は遂に崩壊し、恐慌的な売りが始まった。1931年、アメリカ合衆国上院にペコラ委員会が創設され、崩壊の原因を調査することになった。アメリカ合衆国議会は1933年にグラス・スティーガル法を成立させ、預金と貸付を取り扱う商業銀行と、株式、債券など有価証券の引受、発行および配布を行う投資銀行との分離を決めた。

1929年の大暴落を教訓として、世界中の株式市場は急速な下落の際には一時的に取引を停止する手段を決め、1929年の時のような恐慌的売却を防止すると主張した。しかし、半世紀後の1987年10月19日のブラックマンデーでは、1日だけの暴落ではあったが1929年の大暴落よりはるかに大きな株価暴落となり、ダウ工業株平均は22.6%下落した(市場はこのあと急速に回復し、わずか2日後には1933年以来となる1日での上昇幅を記録している)。

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2009年11月13日 02:27に投稿されたエントリーのページです。

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